5.31 先日「パイレーツ・オブ・カリビアン」を観た。エンターテインメント性が高い作品であった。確かに子供から大人も楽しめる。このような娯楽作品を観るのは久々だったが、たまには良いものだ。
 観ていて思った。アジア映画の影響がかなり表れている。特に香港映画、ジャッキーチェンの作品。格闘シーンなんてモロだ。あのコメディータッチの展開、「プロジェクトA」かと思ったよ。
 ハリウッドには映画のネタが無いと言われて久しい。新しいネタを他の国々の文化から取ってくるというのは正解かもしれない。マトリックスなども日本(特にアニメ)の影響が濃厚に現れているし、日本のホラーもかなり受けている。この流れで、もっともっとアジア文化を欧米諸国に輸出してしまえ! ちょっと違うがミスユニバースも日本人になったということで・・・。
 音楽方面でも無理に欧米人っぽくなろうとせずに、自分達の文化に立ったもので羽ばたくべき。インストだが喜多郎氏や坂本龍一氏が評価されたのもそういう所を押し出したからだ。パフィーや少年ナイフなども、現在の日本的解釈のポップ&ロックを押し出したという意味ででは成功したね。
 もっと細かい作曲分野に目を向けてみると、ほんの少しそういう流れが始まっている。スウェーデン人作家が作曲した「青春アミーゴ」が大ヒットしたり、韓国人作家の曲が上戸彩ちゃんのシングルになったり・・・。他にもまだまだあると思うが、日本の中でそういう流れは出てきた。
 俺も1曲、韓国で活動しているアーティストに曲を提供した(する?)。といっても詳しい情報は全く入ってきていないので、現時点でどうなっているかわからない。でも自分が作ったメロディーがどこかの国で流れているというのはやっぱり嬉しい。
 ネットの発達でボーダーレスになっていることは確かだ。そういうやりとりが出来る環境作りに各国の業界が前向きになってくれたらいいな。世界的な楽曲サミット(?)のようなものもあるようだし、考え方が違うと斬新に聞こえるものも多いだろう。
 ということで、アッという間に5月も終了。この前、正月だったはずなんだけど・・・。どんどん暑くなるね! 飲みたくなるね!(そればっかり(笑))
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5.30 最近のランドセルはカラフルだ。男も女も関係なく様々な色のランドセルを使用する。これもジェンダーフリーの考え方に基づいた現象なのだろう。男は黒、女は赤という概念は既に焼却炉の中か。
 ランドセルは実用性と安全性を考えて作られている。様々な物が入るし、もしもの時にあれがクッションとなって身を守る。しっかり子供のことを考えている。
 俺の時代、確か小学一年用のランドセルがあって、それは黄色い薄めのものだった。学校へ持っていくものも少ないし、小さい体に合っていた。それを背負って黄色い帽子を被って登校したものだ。小学二年からは一般の黒いランドセルを背負った。四年生か五年生の途中まで使った記憶がある。
 なぜ止めてしまったかというと、ランドセルを背負うことを恥ずかしくなったからだ。周りも徐々にランドセルを卒業し、手提げカバンなどで登校するようになった。子供のくせに背伸びをするというか、低学年中学年と一緒にして欲しくないという気持ちが芽生えてきたのだろう。
 ランドセルは卒業したかったくせに、手提げカバンもしくは手提げ袋に関してのこだわりは一切無かった。何でも良かった。どこかのデパートの紙袋でも良かった。今から考えると格好悪い登校風景だ。
 そのくせ有名メーカー製のジャージにはこだわった。なんでかしらんが当時の俺の周りでは、プーマやアシックス、チャンピオンやアディダスといった有名メーカーのジャージを持っているかいないかで私服ランクが変わった。そこら辺の普通の服や無名メーカーのジャージじゃ駄目だったのだ。小学生ながら、あの概念ってなんだろう? 修学旅行もジャージだったし、学級写真もジャージ人口の多いこと。今のファッション的に着こなすジャージじゃないからね〜。
 で、なんでこんなことを書いたかというと、最近の小学生のランドセル使用率が意外と高かったことの驚いたからだ。七割が六年生まで使っているらしい。俺の時代でもそうだったのか? 俺の周りだけ使用率が低かったのか? とも思えてきた。いや、六年生まで使用して正解です。小学生はランドセルを背負って下さい。とりとめもない話でした。
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5.29 「曲を書く」・・・以前に書いたことがあるが、やっぱり気になる言葉だ。昔は譜面に全てを書き込んだので、文字通り曲は書いていた。しかし現在のPOPS業界でそれを実現している現場は皆無。譜面はあるが、それは主にコード譜もしくはマスターリズム譜。もちろんストリングスやブラス用の譜面をアレンジャーが書くことはあるが、それは曲の一部の譜面。全部を書くという行為はクラシックなどに限定されるのではないか? 演歌はどうなんだっけ? まあしかし実際は曲を書いていないが「曲を書く」という言葉だけ現在に残ったと言ってもいいだろう。
 やはり作曲という言葉通り「曲を作る」という言葉のほうが俺にはしっくりくる。「曲を書いて」と言われると五線紙にメロディーだけ書いて先方に渡したくなる自分もいる。それがまかり通る世界じゃないのが残念なところ。こちらとしてはかなりの時間短縮になって嬉しいけどね。
 ということでリニューアルしたHP、まだ手を入れていかなければならない。普通は業者に頼んでホイ!って感じだろうけど、一番最初に自分で立ち上げたという経緯もあるので、何となくやっています。友人の力を借りながらだけどね。
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5.28 ビックリした方も多いと思います。前触れもなくサイトの引っ越し&リニューアルをしたからです。前から友人にリニューアルを頼んでいたのですが、昨日データが送られてきました。そして自分なりに手を入れてリニューアルした次第。まだ細かく作業が残っているのですが、とりあえず形になったということでアップしました。
 いや〜しかしこのHPを立ち上げてかなりの年月が経ちますが、ここへ来て初のリニューアル。我ながら腰の重さにはびっくり。フラッシュなんぞも使ってみて何となく今時(?)の様相にはなりましたが、皆さんの感想はいかがでしょう?(確かに旧HPもあれはあれでレトロな味がありましたが・・・)
 今回手伝ってくれた友人は作詞家の阿閉真琴君。現在は富山に住んでいるのだが、ネットのおかげでスムースなやり取りが出来た。「今から送るね〜」「はいよ!」という感じ。昔ならデータの郵送で数日かかるところを数秒・・・。便利になったもんだ。ということで今回は本当にありがとう! そして皆さん、今後ともこのHPをよろしくね!
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5.27 サバ?(フランス語。元気?調子はどう?の意味)
 さて、サバを読むという行為はタレント系では日常茶飯事らしい。主に若くサバを読む。そしてそれは女性に多い。年をとれば関係なくなるが、10代20代のある時期にそれが効果を生むことがある世界なのでしょう。付加価値というやつ。
 日常生活において、サバを読む機会ってあるだろうか? そしてそれを必要とする状況とは?・・・パッと思いついたのは、合コン等で初めて会う異性に対してついサバを読んでしまうこと。経験者はいる? そしてそのサバの読み方はどれくらい? 一番多いのは2〜3才かな?
 ちょいと調べてみた・・・江戸時代の話。魚の鯖(さば)は痛みやすく数も多かったため早口で数えられ、実数と数が合わないことから、いい加減に数を数えることを「鯖を読む」となったらしい。ふーむ、もしかしたらその時代、鰯(いわし)や鯵(あじ)が豊漁続きだったら「サバを読む」という言葉は無かったかもね。
 関係ないけど俺は人の生まれ年を憶えることが得意である(あれ?自慢)。別に憶えようとしていないのだが、憶えてしまっているのだ(あれ?かなり自慢)。この記憶力が別の所で使われていたら今とは違う人生があったにちがいない。プチ・林家ぺー状態なのだ(パー子は隣にいないけど)。飲みの席などで軽く軽ーく盛り上がる。
 では最後に・・・サバ?(フランス語。元気?調子はどう?の意味) さようなら。
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5.25 〆鯖、絞め技、しめ縄と「しめ」がつく言葉は多いが、やはり我々に一番身近な「しめ」は「締め切り」だ。ギリギリ導火線に火がつくぜ!
 学生時代の試験勉強はいつも一夜漬け。そういう癖が未だに取れない。前もって期日を知っていても、結局前日から当日にかけて作業することが多い。どうしてなのだ?
 同業者の方々はどうなんだろう? やはり俺と同じジレンマを抱えているのだろうか? ヒョイヒョイと計画的に物事を進めていくタイプになりたいのだが・・・。
 ある日、そんなことを父親に話したことがあった。すると父も同じくギリギリ進行の男であった。子供の頃(北檜山時代)仕事に向かう姿を見ていたが、あれはギリギリ導火線に火がついた背中だったのかな。ギリギリ遺伝子なんてもんは無いと思うが、多少そういう環境が影響していた可能性もある・・・と自分を納得させてみよう。
 俺のようなタイプはイレギュラーな事が起こった時に全てが狂う。ありがちなのは別仕事の直しなどが入り込んで来た場合だ。こうなると睡眠を削るしかない。自分の気質を反省しつつ、導火線に火がボーボー状態。あちち。しかしそれをやり遂げたときの達成感は清々しい。そして今日は終わったー!と脱力感。そんで飲みに行きたくなるのだ。眠いくせに。
 今後もこうやっていくつもの締め切りを越えていくはずだ。その都度、多少の反省と後悔を噛みしめるのだろう・・・と、格好つけてみました(笑)。皆さん、締め切りは守りましょう!
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5.24 日記更新の間隔がちょいと開きつつありますな。いかんいかん、俺。以前は酔っぱらって帰ってきても、しっかり更新をしたものなのですが・・・。

 先日観に行ったHuman Audio Sponge(まあYMOですな)のライブでステージ上で高野寛さんをお見かけした。ギタリストとして参加していたのだが、相変わらず個性的で素晴らしいギターを弾いていた。
 実は96年のシングル「そして君は自由になる・・・」にギター&コーラスで参加して頂いたがあった。あの曲の顔とも言うべきイントロのフレーズは高野さんが考えてくれたものなんだよね。
 俺が好きなタイプのギタリストはフレーズが溢れ出る人。手癖でチャカチャカと演奏をこなすのではなく、時間が掛かっても「これだ!」というフレーズやバッキングをしてくれる人。確かにスパーテクニックでサクッとレコーディングを終わらせる大御所も素晴らしいけど、曲を身体に取り入れ、そこを出発点としてこちらが想像する以上のものを打ち出してくれるギタリストの方が好きなのだ。そういう意味で高野さんは素晴らしい。
 俺もギターは弾くが、高校生レベルと言っても過言ではない。自宅作業では何度も弾き直し、ようやくギタートラックが出来上がる。ただ考え方が歌や鍵盤なので、ギタリストでは考えにくいフレーズが出るらしい。これはこれで大事にしていきたい。
 ギターは奥が深い。様々な奏法やエフェクトで聴き手を魅了する。ステージ上での存在感も一番でかいし。だから演奏者の中でギタリスト人口が一番多いのだろう。ギタリストといえば?と一般の方々に聞いてみると結構名前があがるものだが、他の楽器だとそうないかないよね。ああ、ちょっと嫉妬(笑)。
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5.22 某チューブを一度見だすと(見てるのかい!)止まらない。特に昔のお笑いを見ると、次から次へと右側にあるリストをクリックしてしまって時間が過ぎる。ここで感じるのはお笑いの変遷。あの時代、あの笑いがあって現在に至る。なぜ現在の笑いがこうなったのかが研究できる。
 昔のお笑いは非常にわかりやすい。大まかで朗らかで優しい。そこから様々な分野に細分化されていく。諸々経た80年代辺りを見ると、現在の大御所達がまだ若手、中堅あたりにいてテンション上げて頑張っているのがわかる。昔からの流れと新たな流れの過渡期のお笑いを体現している。新しいこと、隙間を狙って自分の立ち位置を構築していく姿はどの時代の一緒なんだな。たまに「え?ここまで許されていたの?」と思う映像もある。放送コードもまだ緩かったんだ。

 また歌スタに出演してきました。想いがある歌い手とそうではない歌い手の違いは結構如実にわかるもんですね。プロだからとかアマチュアだから、上手いとか下手じゃなく「想い」なのです。
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5.19 第三京浜(高速道路)に乗って久々に横浜へ。パシフィコ横浜国立大ホールで元YMOの坂本龍一、高橋幸宏、細野晴臣の3氏が集い小児ガンのチャリティーイベントライブを行った。はっきり言ってYMOなのだが、別のユニット名HUMAN AUDIO SPONGE名義でのライブ。チャリティーなのでチケット料金が異様に安い。彼等であの会場ならば、その3倍を取ってもおかしくない。
 開演前、俺もチャリティーに参加ということでTシャツを4枚購入。ちょっといいことした気分・・・でも一枚たったの1000円(笑)。その店の隣に友人を発見。ちょいと話しこむ。今回の席は高橋幸宏さんの事務所のお計らいでその友人や先輩と隣同士なんだよね。
 そして開演。名曲「以心電信」から始まり新旧織り交ぜた楽曲が続く。あの3氏が並び立つライブとしては初めてであろうというMCもはさみ、プチプチピコピコ音楽(?)がアカデミックに披露されてゆく。最近CMでお馴染みの「RYDEEN」もしっかりと聴けた。しかし「30年前も話さなかったよね、プライベートでも・・・」とか「今度YMOで飲みましょうと坂本君が提案している・・・」という話は笑えたな。
 大先輩達があれだけ活躍している姿をみると元気をもらえる。細野さんなんて今年還暦なんじゃない? 「はっぴいえんど」で日本語ロックを開拓し、サウンドとしては真逆のYMOで世界を驚かせた。40年近く第一線で攻撃的なサウンドでガツンとやってくる。決して守ってないよね。これからも元気で我々の手本になってください!
 帰り道、後輩が住んでいる街に立ち寄り夕食。ノンアルコールビールを数本空けつつ会話に花が咲く。なんでもスタジオを作ったということで、そこにある数々のマイクを是非使ってみてくださいと。おう、是非使わせてもらうよ。マイクって意外と高いんだよね。
 しかしノンアルコールビールってそれほど本数飲めるもんじゃないね。ビールの表層的な味というか、芯がないというか、ビールっぽいんだけどビールじゃない感じ。飲酒運転対策としては良い飲み物ではある。コーラやウーロン茶では時間を潰せない方にお勧めの飲みものです。
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5.18 自分が大人だと意識したのはいつだったか? 年齢的には二十歳からなのだが、そこら辺って微妙なんだよな。法律的には大人だが、しかし中身は? きっと当時の意識としては子供でもなく大人でもない曖昧な時代だったのではないかな。あまりそれを考えないようにしていたというか。
 俺って大人なんだと意識するにはやはり仕事を持ち、後輩などが増え責任を持たざるを得ない状況になってからだったような気がする。それで自分のお金で寿司や焼肉などを食べに行くようになったりと、ささいなことで大人を感じていたあの頃。
 昨今「成人」を二十歳から十八歳へ引き下げる動きがある。俺としては良いのか悪いのかまだわからない。凶悪犯罪者が未成年ということで少年法を適用し、また出所してくるという現実もある。成人を十八歳と規定すれば少年法を隠れ蓑にした犯罪は減る。ここだけ見れば良いようにも思えるが現実はそう上手くいかない。「あっち叩けばこっちが出る」だ。結局どっちもどっち。
 ただこういうことって、何となく時代の空気感が後押しして成立へ向けた動きをすると思う。こういう話が出ていても、強力な否定的意見は大勢を占めていない。まあ話がでたばかりということもあるので、メディア等で色々議論されていないから一般市民は身近な問題として感じていないというのもある。でもきっと数年を経て成立する予感がする。それは憲法改正も同じ。さてさてどうなるか、未来は。
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5.17 販売終了していたsongbook vol.5〜7をまとめてみた。そこに新曲2曲を収録してsongbook 567+という形で後日発売しようと思う。1つにまとめるのは意外と大変な作業だったけど、なんとか形になったかな。
 しかし我ながら様々なタイプの曲を歌ってきたものだ。シンプルなものから凝ったものまで、あっちこっち触手を伸ばして音を楽しんでいるよ。節操がないか?(笑)。詳しいことがわかったらinfoに記載します。お楽しみに!
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5.16 ネットラジオは聴いてもらったかな? 結構突っこんだ内容になってると思うんだよね。レールがはずれたトークもあったけど、知られざる(?)ミキオの過去が赤裸々に語られていると思う。これは昔からの仲間、菊池琢己さんがいてこそのトークだったな。徐々にディレクションのラインが緩くなってきている気もするけど・・・(笑)。
 このHPの存在と同じで、ネットラジオもゆるゆるなものとして継続出来たらと思っている。時間も内容もガッチリと決められていない、とてもパーソナルなもの。自分で聴いてもちゃんと楽しいよ。さて、次回はライブのリハーサルや本番前後でメンバーのコメントももらおうかと思っているので、こちらも楽しみにしてください。

 Boowyのドラマーであった高橋まことさんの本「スネア」を一気読みした。自分の半生を赤裸々に語りつつ、そこから得た人生哲学を披露している。やはり読み応えがあったのはBoowyとの出会い、加入から解散、その後・・・辺り。氷室&布袋の関係をメンバーとして第三者視点で描いているからね。布袋さんの自叙伝「秘密」とはまた違ったものになっている。しかしamazonって便利すぎ。

 何度か書いているが、通学路を歩く中学生の姿を見ても、どれが真面目な生徒でどれが不良かわかりにくい。いわゆるビーバップハイスクール的不良っていつから東京に存在しなくなったんだろう? 他の地域(特に人口が少な目なところ)ではまだまだ存在しているって聞くのだが。
 Don't trust over 30という有名な言葉があったが、すでにover30な俺なのでunder20の感覚とはかなりのズレがあるだろう。彼等の視点で見ればちゃんと不良ファッションは存在しているに違いない。
 俺が中学の頃はホントわかりやすかった。集団でいれば特にわかりやすかった。皆々、ある意味没個性的な不良ファッションに身を包み、ガンを飛ばし(関西ではメンチを切る)つばを吐き、ピリピリとした空気間の中で生きていた気がする。
 きっと「悪いこと」のラインも現在から見れば可愛いもんだったに違いない。今はアンダーグラウンドになったというか、パッと見れば綺麗な社会だけど実は隠れた悪が蔓延っている。まあこれは一般社会にも共通するものだと思うけど。なんつーか、当時の「大人の悪」が今は「生徒の悪」として存在しちゃっている感覚というか・・・やはり「低年齢化」という言葉が当てはまる。
 また、学校崩壊、教育格差など諸々叫ばれているが、実は現時点ではリアリティのある自分の問題として受けとめてはいない。つまり自分がそういう環境にまだいないからだ。そういう討論番組を観てなんとなく憂い、なんとなく憤る、そんな感じ。もっとしっかり考えていかなければならないな。
 とりあえず東京にてビーバップ的ファッションをする勇気のある方の出現を望む(笑)。わかりやすくなきゃPOPじゃないぜ!
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5.14 久々に文化放送の番組にゲスト出演してきました。「Callin'」「ピカレスク」で関わったコードギアスの絡みです。「コードギアス 反逆の山々」という番組です。AMの深夜番組なのでテンションの高い楽しい収録になりました。文化放送5/19(土)ラジオ関西5/17(木)でいずれも25:30から30分間です。またBIGLOBE(ネット)で5/21の15時より更新されるようなので、他の地域の方はネットでも聴けます。
 雑談!ネットラジオも更新の時期です! 今回はなかなか濃い内容ですよ。半分くらいカットしても50分!今更ですが、これでもう一本作れたんじゃないか?と思いました。お楽しみに!
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5.13 犬を見ていて思ったのだが、犬に限らず様々な種(しゅ)は大きさがかなり違う。大型犬は数十キロもあるのに、小型犬になると数キロ。十倍以上も違う。どちらも大人なのに。
 そういう意味で人間って大体大きさが決まっている。大型の人でもチェ・ホンマンやアンドレ・ザ・ジャイアント。小さな大人でも池野めだかやナイナイ岡村。でもこの差でもせいぜい三、四倍。人間に近い猿でもゴリラなどの大型がいて、ペットにもなりうる小型の猿もいる。この違いって何だろう? 猫はそれほど変わらないのにね。あ、屋内で生活するようになった種は大きさがそれほど変わらない気がするな。
 でも待てよ、今日、品川プリンスホテルにある水族館へ行って来たのだが、イルカやペンギンはそれほど大きさが変わらなかった。鮫や鯨は大きさが変わるけど。うーぬ、一体何が進化の過程で違ったというのだ?・・・ま、どうでもいいか(笑)。
 今日は多少疲れたのでこれにて終了・・・。
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5.11 自転車で思い出した。二つ目に通った北檜山小学校では自転車の運転免許試験があった。これに合格しなければ一年間(とはいえ雪が降るので半年)自転車に乗ってはいけないという田舎の小学生にとってはかなり酷な制度である。
 毎年、雪解けを迎えた春にその試験がある。校庭に仮想道路を描き、その上を走るのだ。発車の時は右手を斜め後ろ上方へピンと伸ばし、視線もその方向へ向ける。右折の時は右手を右方向へピンと伸ばす。左折はその伸ばした右手を肘の所で90度上に曲げる。停止は右手を斜め後ろ下方へピンと伸ばす(視線はいらない)。
 すべて右手の動作。左手を離すと後ろのブレーキを放棄することになるので危険だから。というか右折左折停止時に右手を離すという行為は、それこそ危険なんじゃない?と思うが・・・。まあ四半世紀以上も前の事なので、きっと現在はそういう制度はないだろうと思う。
 俺は北檜山小学校に通った三年間、一度も落第することなく無事に試験を通過した。70点以上が合格なのだが、小二の時は70数点、小三の時は80数点、小四では90数点と徐々に点数を上げていった。まあその後札幌へ転校して運転免許の意味の無さを知るのだが、それは後日のこと・・・。
 しかし合格しなかった奴らは悲惨だったよ。低学年ほど受からないのだが、小四にもなると9割が受かる。だから免許の無い奴は怒濤の爆自走!!集団の中で一人だけ自分の足で走る!!あの光景、普通に見たらイジメだね。まあ誰かが後ろに乗せることは多かったけど、たまに誰もが「誰かが奴を乗せるだろう」という意識になったときにそういう事が起こる。遠く後ろの方で「待ってくれ〜〜!」と声が聞こえて初めて気づくのだ。
 その学校、試験はあったくせに田舎にありがちなヘルメット装着義務は無かった。俺としては走行中に片手運転をするより、そっちのほうが安全対策になると思うんだけど。あ、俺は片手運転どころか手放し運転をしまくっていたっけ。しかもかなりのスピードで。スピードが出た方が、ハンドルが安定するんだよね。
 あれからかなりの年月が過ぎ、全く自転車に乗らなくなってしまった。運転技術はかなり落ちたはず。ピークは通学で自転車を使用していた高校時代だったな。有酸素運動にはもってこいの自転車、この暮らしに導入される日が来るのか?・・・中年の扉を開けた己の身体に聞いてみよう。
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5.10 歩行者との事故が多発しているということで、自転車って基本的には車道を走らなければならないんだってね。法律的にはそういうことになっているらしい。しかしそれを守って車道をガンガン走られたら困るな。歩行者との事故より甚大な事故が起こってしまう。ただでさえバイク(特に原付)の存在を危ないと思っている俺なのに。隙間を狙って入ってくるでしょ? あれがかなり危険なんだ。死角に入りやすいしさ。自転車は歩道にて歩行者に凄ーく気をつけながら徐行して欲しい。そういう法律にして欲しい。まあ、車を運転する側の一方的な意見ですが・・・。

 しかし暑くなった。半袖暮らしが始まりそう。ここ数日は外出も半袖だった。気温の変化で長袖も介入してくるが、基本的にはここから夏へ向かって半袖ライフ。夏男まっしぐら!・・・か?

 最近、ソフトシンセを一気に5つ購入した。多分まだ買うでしょう。コンピュータが変わったので機材面での充実を計ろうという試み。マイクも買ったしね。サウンドに多少の変化が出てくること間違いなし。
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5.8 昨日、道ですれ違った自転車に乗っていた女性の髪型はサザエさんのようであった。戦後、そして高度成長時代に確かにいた昭和の女性が俺の横を過ぎ去った。向かう方角にはスーパーがあったので、きっと家族の夕食の材料を買いに行ったのだろう。カツオもワカメもタラちゃんも、サザエさんの作る夕食を楽しみにしているのだ。愛情込めて作ってちょうだい。あの24歳(サザエさんの年齢。決めつけました)の女性がもし仮に「学生時代はキャバクラ(札幌ではニュークラという)でバイトしていました!」なんてほざくならば許さん。サザエさんが働いていたのは出版社だからな。
 サザエさん一家が福岡から引っ越したのは、東京都世田谷区の桜新町。俺が数年前に住んでいた場所でもある。サザエさん通りを国道246方面へ歩き、交番の所で右方向へ行くと長谷川町子美術館がある。一家はそこら辺に居を構えていたらしい。
 俺もその美術館で一家の様子を垣間見た。部屋数は多いが、決して大きくはない木造の家に7人が生活していた。しかしあれが当時の平均的な家族像だったのだろう。核家族ではなかった。横と上の繋がりもあった。牧歌的な時代だ。現在が悪いというわけではないが、少しだけサザエさん時代の人間的繋がりが復活して欲しい気もする。
 しかしネット上にはサザエさんに関する情報が沢山あるね。連載が終わってすでに33年とは思えぬサザエさん一家の存在感だ。すでに歴史の1ページ。
 それとは真逆の話だが、DVD1枚分の情報量がたったの4秒で送信出来たというニュースがあった。4.7ギガってこと。その回線のインフラ整備がされるのはいつかな? というかそこまで速くなくていいから、もう少し回線を太く速くして欲しい。4.7ギガを5分位で送受信出来たらかなり嬉しい。
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5.7 先日、ひょんなことからあるテレビ番組に出演すると書きましたが、今日はそれの収録でした。作曲家という立場での出演と書いたのですぐわかった方が多いみたいですね。「歌スタ」という日テレ系の番組です。以前「something」がその番組のコーナーで歌われたことがありました。
 まあ観たことがある方はわかると思いますが、あの瞬間瞬間で何かコメントをしていくことの難しさを知りました。当たり前だけど自分がラジオやテレビのゲストに出て自分のことを語るのとはかなり違いますね(笑)。目の前に歌った相手がいるので、ちょっと言葉を選んじゃって・・・。ある意味、自分のことは棚に上げないと発言出来ないもんだなと。
 あと、場の空気感に慣れるのも数十分かかっちゃったな。まあ大幅なカットが入り、楽しい30分番組として構築されていくことでしょう。地方によって放送日と時間が違うようなので、興味のあるかたは各自チェックをお願いします。とりあえず関東エリアでは5/28と6/11のようです。
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5.5 先日、地元の友人に双子が生まれたそうだ。時同じ頃、その友人の妹夫婦にも双子が生まれたそうだ。双子の従兄弟同士! お爺ちゃんお婆ちゃんにしてみれば、一気に孫が四人増えたことになる。壮観でござるな。
 双子が生まれやすい家系ってあるね。隔世遺伝なのかな? しかし全てにおいて二倍の金額がかかるから、その友人もちょっと大変になるな。いや〜おめでとう!

 沖縄音階というものがある。ドミファソシドを基本とした音階だ。これを使用すると沖縄っぽい曲が生まれる。これを使って一曲作ってみたところ、なかなか良作が生まれた。ということで次のソングブックに入れます。
 それとは別にネットラジオで少し流した「ハピネス」にミニジャンベとベースを入れた。後輩のナルチョこと成瀬&田村に来てもらい、さくっと録音。生楽器が入ったことで暖かさが増した。これもソングブックに入れます。
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5.2 よく近所を歩くのだが、ある日平屋の廃屋を見つけた。とはいってもそれほど年月が経ったものではなく、風化して5年といったところか。門構えは斜めになり、木造の家壁はガタがきていて風化の色合い、雑草も結構生えている。もちろん室内は暗く、人の気配は感じない。「へ〜、こんな住宅街のど真ん中にね〜」と思いながらその前を通り過ぎる。
 数日後、またその家の前を通り過ぎようとしたところ、なんと敷地内で洗濯物を干しているお婆さんを発見した。また数日後、今後は斜めになった門から出てくる中年の女性を見た。
 「す、住んでいたのか!」と驚きながらも自分の先入観を恥じ、そして心の中で住人の方々に詫びた。頭のどこかに「このエリアでこういう家に住む人はいない」「きっといわく付きの土地で買い手がいないんだろう」なんてことを想像していた。いやはや失礼な話だ。
 今回の場合は違うが、「思いこみ」「先入観」で時に損をすることがある。初対面の誰かの第一印象がたまたま悪かったことで、その人の本質を見ようとしなかった・・・とか、テレビや親しい人からの情報を鵜呑みにしてチャンスを逃していた・・・とか。「思いこみ」「先入観」が邪魔をし、人生の迂回路を取らざるを得なくなることも結構あるんだろうな。まあ迂回路の中に違う宝が眠っていることもあるんだけどさ。
 物事や現象に対してフラットでいることって難しい。思わず何かのベクトルがかかって歪んだものとして受けとめてしまう。でもその受け止め方のセンスが大事なんだな。自分もまだまだ修行が足りない身なんだけど、物事や現象の「真実」よりも「本質」を見極められるようになりたいな。「真実」って嘘くさいもんね。
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5.1 新年度も一ヶ月が過ぎ、人によってはホームシックや五月病を発祥していることでしょう。東京や大阪、名古屋などの大都会へ出てきた人にしてみれば一番最初の長い休みになるわけだ。一人暮らしの報告含めて帰省しているのかな。
 俺の故郷は一応札幌(生まれは旭川です)ということになっている。広い定義で言えば北海道。しかし実際北海道自体に住んだ年月は13年。札幌は8年、現在の実家がある場所という意味では7年しか住んでいない。すでにこちらの暮らしの方が全然長いのだ。しかし故郷とは多感な時期を過ごし、数々の原体験をした場所。だから俺の故郷は少年期でいえば北檜山、思春期ならば札幌だ。
 つまり俺には二通りの「帰る」がある。北海道へ帰る、そして東京に帰る。決して「行く」ではない。どちらも自分が遊び、眠り、そして生きる場所。どちらも必要な場所であり、帰る場所だ。
 その「帰る」時、言葉で上手く言えないが、モードが切り替わる瞬間がある。北海道の自分、東京の自分がいる(ちなみに海外へ行けば日本人の自分の存在にも気づかされる)。どこでどうとは言い切れないのだが心の中に、ある種の住み分けが出来ているのではないだろうか。決して裏表があるという意味ではない。
 そういえば「故郷は遠きにありて想ふもの」という言葉が地理的な意味では徐々にリアリティーを失ってきた観がある現在だ。日本は狭いので比較的すぐ帰れるし、ネット社会になったという背景があるので友人知人とすぐ繋がる。スカイプなんぞをやれば普通にテレビ電話。しかしそこには体温、空気感はない。やはり両方向に「帰る」ことをしたくなる。そして両方に住みたい。
 そんなことを感じている今日この頃だが、近所を歩くとワンルームマンションが幾つか新築されていた。一人暮らしを始める時、そのような部屋に住む人は多いだろう。自分も1Kに暮らしめ、色んな想い出がそこで生まれた。きっと彼等もそこで濃密な時間を過ごすだろう。深夜に飲み会をして苦情を受けるとかね(笑)。
 俺が新築で入居した川崎市中原区のマンションも、今では築18年の中堅マンションになった。現在の家賃は幾らなのだろう? どんな人が住んでいるんだろう? そんなことが気になる中年二年生(自分定義です)の俺でした。最後に♪〜ふるさと〜♪と歌うアンジェラ・アキの「HOME」はいいね。サビしか知らないんだけど(笑)。