11.30 ということで昨日は車に傷がついたわけだ。以前も書いたが、日本人は世界でも珍しいほど車を大事にする国民だ。ちょっとでも傷がつくと、人が変わったように喚いたり嘆いたりする人が多い。
 バンパーの存在は「車体を守るためにある」というのが前提なのだが、そのバンパーがちょっとでも傷つけられると怒り狂う人がいる。必要以上に怒鳴る人がいる。 まあ俺もわざと10円で擦られるのは嫌だけどさ。きっと車は「ただの物以上」の価値があるのでしょう。
 それはそうと「嫌」は「いや」と読み、「嫌い」は「きらい」と読む日本語の難しさよ・・・。これは漢字文化圏、いや日本以外の人達にはわかりにくいだろうな。しかも「嫌悪」は「けんお」だし。全部読み方が違うじゃない。まあそれだけ日本語って表現豊かなんだけど。
 話がそれた。車が傷つくのは直せば良いが、「人の心」が傷つくとやっかいだ。どうも最近「人の心」の傷つく間口が広くなってきた気がするんだな。たまに、これって傷つくことだっけ?と思うのは、俺がかなり鈍感になっただけなのだろうか?
 昔と現代を比較するのは間違いかもしれんが、心の入り口に少し入っただけで拒否反応を起こす若者が増えすぎたような・・・。とりあえず俺が生きた昭和後半は、もっとズカズカと人の心に入られたり入り込んだりした記憶があるんだな。まあそれだけ友人関係を構築出来ていたという裏返しなんだけどさ。確かに昔に比べ物質的環境は良くなっているが、精神的環境は悪化している時代なのかもしれない。
 「繊細」は細やかに相手の心や時代を見据えるバックボーンに成りうる。これはこれで素晴らしい。俺としては是非、表現活動をして欲しい。しかし「繊細」が妙な方向へ向かうと困る。ある人は変質者、ある人は犯罪者、ある人は自殺者へと変貌を遂げてしまう可能性がある。是非ともその前で「繊細」具合をちょっとだけ方向転換してみませんか?・・・言うは易しか。
 こういうことは答えが出ない。千差万別。十人十色。とりあえずミキオ曲でも聴いて、何かの足しにして下さい(笑)。本日終了〜。
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11.29
 車を擦っちまっただ。塗料の下まで見えちまっただ。狭い所に止めていた車を出そうと思いバックしたところ、右フロントが壁に触れた。がびーん(昭和風)!
 車を運転して今まで一度もぶつけたり擦ったりしたことが無い人っているのだろうか? 特に東京の人。迷路のような入り組んだ細い道があるからね。ということで擦ったところから錆びてくるらしいので、早めに直さなきゃ。ではお休み〜。
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11.28
 シコシコと自宅レコーディングに勤しんでいます。集中しても集中しなくても時間はアッという間に過ぎますね。時は金なりか。お笑いコンビのTIMはTime is Moneyの略なんだそうです。
 打ち込みと言われている作業で一番時間がかかるのはなんだろう? パッと思いつくのはループの探し&選定とそのエディットだろうか。それをしない場合はドラム&ベースかな。どっちもリズムですね。曲の土台を支えるものだから大事だね。
 ストリングスやブラスを細かく打ち込んでいくのも時間がかかるか。目立つ音(主にトップ音)よりも内声パート(第2、第3の音達)の動きをじっくりやると疲れます。
 俺のそれほど上手ではないギターを録音していくのも時間がかかるな。何度も練習してワンフレーズとかしょっちゅうやってるからね。同じ姿勢でやるもんだから、肩がこりますだ。
 歌は・・・主旋律よりも怒濤のコーラスに時間がかかります。もちろん字ハモ以外ね。ハ〜だのフ〜だのと聞こえるあれです。何本も重ねるので疲れます。
 一曲を作るのに意外と時間はかかるもんです。バンドでの一発演奏の録音が懐かしい。とはいえこの場合もある程度演奏力がないとパートごとに時間がかかります。
 随分昔の話になりますが、俺が見てきたレコーディングの中で一番時間がかかっていたのは某バンドのベーシストでした。力量が足りないのは明白なのですが、他のミュージシャンは呼ばずにメンバーでの録音にこだわっていた現場でした。一日中8ビートのフレーズを弾いていたな。部分部分で。まさに魂の一音。
 ということでこんな日々が続きます。では。
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11.26
 先日、音符だけの譜面を弾こうとしたら思ったより弾けなかった。うーむ、音符離れが進んでいる。コード譜の自由さに慣れきっている。たまにクラシックの譜面を開くと後ろにのけ反りそうになる。あの音符の量はなんじゃろか? 左手の動きをあんなに指定しちゃって良いのだろうか? もっと好きに弾かせてくれんかね。・・・まあこれから音符バリバリの仕事をするとも思えんので、クラシックの譜面に文句を言ってもしょうがない。
 学生時代、周りにいた鍵盤奏者は皆、譜面に強かった。大体がクラシック出身、もしくはエレクトーンの現役だったので、子供の頃から音符に慣れ親しんできた人だらけ。まいったね、実際。俺、なんでこんな簡単な譜面を初見で弾けないのだろう?と思った。自分なりに練習してかなり向上したが、その時点でキャリア十数年の彼等とは立っている場所が違うと感じざるを得なかった。鍵盤にちゃんと向き合ったのは高校一年からだから、俺。しかもかなり我流。
 あとね、絶対音感を持っている奴らの多いこと多いこと。そんなに音程わかるなよ!突っこみたかった。俺の将来はかなり暗いものになるんじゃないか?と悲しくもなった。今思えば大したことじゃないんだけどさ、当時は視野が狭かったからね。
 今は楽な気持ちだよ。俺より上手い人なんで数え切れない。自分が勝負する場所は初見でも絶対音感でもない。自分が良いと思えるJ-POPを作っていくことだけ。それに伴う自分なりの演奏が出来れば、それで良しだ。そう思えるようになったら、逆に当時より演奏の幅が広がった気がするんだよね。
 視点を変えたおかげで楽になった。これ、色んなことに当てはまると思う。気づけば一つの部分からしか物事を見ないようになっていることが多いけど、角度を変えてみれば未来への近道があったりするよね。ま、こんな感じで楽しく生きていこうと思います。
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11.25 
ということでネットラジオ(的)をアップしました! 世の中の流れにかなり遅れての初参戦(笑)。短い時間ですが、多少は楽しんで頂けると思います(控えめ)。トップページの「ネットラジオ!!」からお入り下さい。
 i-podでネットラジオを聴けるポッドキャストとかいうシステムがあるらしいんだけど、いまいちわかっていません。こちらに対応するのは僕個人では無理っぽいので、mp3をダウンロード出来る形を取りたいと思っています。
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11.24
 昨日、突如田村が遊びに来た。遊びに来たというか、自分のコンピュータでは出来ないことがあったので、うちのコンピュータを使って作業をしたのだ。ということで飲むわけです。
 そんでいい感じに酔っぱらったので、先日ここで言っていたネットラジオに出演してもらおうという話になった。ワイノワイノと楽しいトークをしましたよ! 後日、公開しますのでお楽しみに! もちろんsongbook vol.10の中から曲も流します!
 やってみて楽しかったので、不定期ながら今後も更新していきたいな〜と思いました。時間がかかることや難しいことは出来ないけど、こういうコーナーはどうでしょう?などというリクエストも募集してみたいと思います。メール等で送ってきて下さい!

 近くなってきたので告知します。12/1に下北沢440で行われる「呼人の部屋」にピアノで出演します。年明けの寺岡呼人さんツアーで鍵盤を担当することになったので、その前哨戦という形になります。僕は歌いませんが(コーラスはやります)、お時間のある方は遊びに来て下さい!
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11.22
 「欧米か!」でお馴染みのタカアンドトシのネタが好きになってきた。しかも一人は北海道出身というそれだけで好感が持てる。M1グランプリでも去年は4位(?)に入賞したということで、これから伸びる可能性大。
 ただテレビではネタが面白いことよりトークやコメントが面白いほうが有利だ。ネタ番組よりトーク番組のほうが多いもんね。制作予算もかからず時間も短縮でき、視聴率が取れるから。ああいう場ではお笑い瞬発力が求められる。
 こういう時代なので、トークやコメントの瞬発力はあるんだけど、ネタになったらボロボロの芸人は多いはずだ。看板を張っている芸人でも「あれ?そういえばこの人達のネタって観たことないな・・・」と思う面々が多いでしょ?
 しかしタカアンドトシ、徐々にではあるがトークもコメントも磨きがかかってきたような気がしている。まあ、そんなにチェックしてるわかじゃないんだけどさ。でもネタもトークも面白ければ強いでしょ。
 さま〜ずにしてもタカアンドトシにしても、ツッコミのセリフでスポットライトが当たるようになった。さま〜ずに至っては「メガネかよ!」などと、そのまんまを大きな声で言う。これ、ツッコミ?と思っちゃうんだけど、逆に新しかった。
 そういう意味でタカアンドトシは正統派に寄っているかな。正統派の進化系とでもいいますか。あとはもうちょっとキャラが出てきたら良いな。今後に期待します。ちなみに先日観たネタは「老夫婦か!」です。
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11.21
 「心」とは何だろう? 古今東西、様々な言葉でこれが表現されてきたが、結局は一つの概念でしかない。皆さんもご存じの通り、普通に考えてみれば心は脳にあるといって良い。しかも大脳新皮質と言われるエリアだ。
 昨今、いじめや自殺、ニートなど心の問題がクローズアップされている。どうすれば良いのかわからずに、政府を含めて右往左往しているのが現状だ。
 先日テレビで観た一つの例だが・・・実は心は物理的に変えることが出来るという。鬱病の人の脳に常時電極を当てると、その人は今までが嘘みたいに前向きになった。頭の中に小さな機器を埋め込むのだ。倫理的にどうか?と思う人も多いだろうが、少なくともその人は新しい人生を歩き始めることが出来た。
 この手術を格安で全世界の鬱病患者やニートに代表される無気力症候群達に施すとどうなるだろう? 明らかに社会の生産力は上がる。そして税収は増える。
 しかしそうなると人間って何?心って何?という疑念が湧き上がってくる。確かにこの技術は素晴らしい。脳障害が原因の様々な病気にも対応出来てくるらしい。愛する家族や友人がその病気から立ち直ってくれたらどんなに嬉しいことだろう。
 「だが・・・」である。諸刃の刃であることには間違いない。結局使う人のモラルが求められる。悪用しようと思えばどんどん出来る技術だ。洗脳やマインドコントロールを一生懸命やっていた人にしてみれば嬉しい技術である。
 ただ文明の進歩って、ある意味悪用されてこそ広まるという歴史があるからね。車、飛行機、原子力・・・我々が享受しているものは歴史的必要悪である戦争が生んだ代物。・・・うーむ、考えが善悪の上下左右に行ってしまう。
 世の中には頭の中にコンピュータを入れ込む研究をしている機関も数多いらしい。このまま進むと数十年後、どんな未来があるのだろう? 楽しみでもあるし、少し怖くもある。
 最後に一つ言えること・・・自分が脳障害による病気や鬱になり精神や生活が最悪のレベルまで陥った場合、倫理的にどうこうという問題を飛び越えてその技術を受け入れたい。
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11.19
 ダーツは面白いのだろうか? そしてビリヤードは面白いのだろうか? どちらもバーなどで楽しめる遊びではある。そして今まで何度もやってきた遊びではある。しかし・・・それほど楽しいと感じたことはなかった。なぜだろう?
 あのゲームに夢中になってしまう人も多い。そして負けると強い酒をガブリと飲み干す行為を何度も見てきた。そうか!そうやってハイテンションになっていく過程が面白いのだ。そうに違いない!・・・違う?
 そんな俺なので、どちらもあまり上手ではない。適度に下手という感じかな。ゲームをしながら「そろそろトークしようぜ」と思ったことは一度や二度ではない。確かにトークは出来るが、限られたものになる場合が多い。「あ!そんなとこに打ち込みやがって〜」「お前、上手いな!」「がーん!くやしー!」など、そのゲームに関する内容になる。
 ゲームをしながら「今度の衆議院選で誰それが・・・」「チンギスハーンの第三子のオゴダイが跡を継いでさ・・・」「釣りはフナに始まりフナに終わる・・・」などという内容は話しにくい。大人の社交場でそういう遊びに心から興じられないのは、まだまだ半人前ということかもしれない。
 関係ないが「半人前」で思い出した。俺が大好きだった「池中玄太80キロ(西田敏行・主演)」に「半ペラ」という役があった。まだまだ半人前という意味だと思うが、その役を井上純一さんが演じていた。彼は青春ドラマに良く出ていた人で、主に学生役をやっていた。それを観ていたので半ペラ役も全然違和感がなかった。若者を演じるという意味で。
 先日、その彼がお爺さんの役をやっていた。一瞬目を疑った。あれ?なんで?と。しかし考えてみれば池中玄太80キロからすでに20数年が過ぎ、その間にちゃんと歴史を重ねてきた役者である。俺の勝手な子供の頃のイメージと被らないからといって驚くのは失礼にあたる。すでに半ペラじゃないんだ(俺に言われたくねーか!)。ちなみに彼の奥さんはアンパンマンの声優や女優としても有名な戸田恵子さん。
 とりとめもない日記でした・・・。
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11.18
 先ほど鯖の煮付けを食べたのだが、ここ最近は魚を食べる回数が減った。あれだけ寿司!鮨!すし!好き!と生きてきた十代二十代が懐かしい。いや、今でも寿司は大好きだが、肉に押されている。
 昨日は友人達と焼肉を食べた。ホルモン系を大いに食した。先日は友人夫婦と焼肉を食べた。まんべんなく大いに食した・・・このように焼肉率がかなり高い。
 「焼肉=太る」ではない。むしろちゃんと焼かれ脂分が程度に落ちているし、野菜も一緒に食べるとちゃんとした健康食であることには間違いない。逆に寿司をガンガン食べると太るかも。なぜなら握っているので小さく感じるが、あの米の量はかなりのものだ。炭水化物をガンガン食っていることになる。そして野菜のサイドメニューって少ないでしょ?
 ホント友人達に良く言われるよ、「お前逆だよ!」と。徐々に年齢を重ねていくと普通魚にいく。俺の場合は若い時には魚が一位!ここへ来て肉が一位! 脂ギッシュな中年男へと移行しているのでしょうか?。俺にはなかったギラギラ感が出てくるのでしょうか?攻撃的になるのでしょうか?・・・数年後を期待してください(笑)!
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11.16
 携帯の留守電をチェックした。すると一件のメッセージ。ガヤガヤとしている中、男女の会話らしきものが入っている。あ、これはあれだ!知らず知らずのうちにかかっちゃった系だ!と思いつつ、その声の主を探る。しかし全然わからん。二分以上というロングな留守電なのだが、全く心当たりがない声であった。というかバッグかポケットに入っていたので、少しばかり声が変わってしまったのかもしれない。
 留守電が終わった後、もう一度聞こうかと思ったが流石に止めた。俺、何してるんだろう?この覗き趣味的な行動って・・・。しかも会話の内容を一生懸命聞き取ろうとしている自分って・・・。うーむ、ちょっとイヤらしいね。
 こういうこと多いと思うよ。何年もご無沙汰な大して親しくない人にかかっちゃったり、前の彼氏や彼女にかかっちゃったりさ。ちょっと気まずいよね〜? しかもかかってきたほうは何らかの期待をしちゃって、ご機嫌で返信電話をかけてくる。ちょっと困りますね。
 折り畳み式ではない携帯電話だと結構高い確率でそうなってしまう恐れがあるので、持ち運ぶときは気をつけましょう。折り畳み式の人は子供やペットがいじれない場所に置きましょう。勝手にリダイヤルしてしまいますから。
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11.15
 そういえば先日、遅ればせながら「ダヴィンチコード」を読み終えた。流石に話題になっただけあって読み応えがあった。海外作品ってどうも食わず嫌いなところがあったので目の前にあってもなかなか手に取らなかったが、いざ読み始めると次が気になってサササ〜とページがめくられていった。世の中には翻訳の仕方で取っつきにくくなっている作品も多いと思う。この作品の翻訳は日本人に読みやすくなっているかな。
 しかしこの作家の圧倒的な取材力は凄い。もちろん生まれたときから身近にあるキリスト教の知識、習慣、考え方が躰に入っているからだと思うが、それでも良くここまで調べたなと。キリスト教に詳しくなくても「へ〜」「なるほど〜」などという言葉が口から出てきたよ。しかも「この小説における芸術作品、建築物、文書、秘密儀式に関する記述は全て事実に基づいている」とまで書かれている。大した自信だ。
 この作品が世に出て、しかも映画にもなったということで教会や様々な宗教団体からかなりの反発もあったってね。上映禁止にした国まであったっていうから凄いね。宗教冒涜だのなんだのと、声高々に叫ぶ人達が世界中にいたということだ。俺にとって宗教はそれほど密接じゃないのでああいう行動は頭で理解はするが、いまいちピンとこない。宗教というものは良いところだけじゃなく必ずダーク、というか歴史に封印されてきた事象があるものだという前提で前向きに捉えればいいのに・・・と自分勝手に思う次第。まあ彼等の利益や精神に反する作品だったのでしょう。
 ということで次は映像作品をチェック。ありがちだけど、本を読んで映画を観るとガッカリするパターンになりそうな気配もある。描写が難しいかもしれない。ただ映画を観ることによって、より理解が深まるから良しとしよう。
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11.14
 マンション全体の鍵交換作業中なので、ガリガリとうるさい。でも泥棒対策になっているので我慢。このマンション、一応管理体制はしっかりしている。常勤という形で管理人が二人いて、防犯カメラがついていて、あまり効果はないと思うがオートロック。で、今日の鍵交換で少しだけ防犯効果が高くなった。ということで玄関方面からの進入はなかなか難しいとみた。
 去年、別マンションでピッキング被害を受けたので、多少は防犯に意識が向いている。閑静な住宅でオートロック系がやられる。そしてしゃがんだ身を隠せるくらいの壁や塀があれば、彼等は彼等なりの良い仕事をする。数分でチャチャっとやっちまう。ノートブックは格好の的だ。銀行などの暗証番号やその他データで大きな金額を得ることも出来る。もちろん他に金目のものは持ち去っていく。
 某海外(近いよ)の盗難集団はコマコマせず、ゴソッと持っていくらしい。住人が帰ってくると、明らかに泥棒に入られた!とわかるくらい家の中が荒らされているらしい。その点、国産仕事人はわかりにくい。あまり荒らさずに持っていくので、盗難に気づくまでやや時間がかかることがある。
 何にせよ、これだけは言いたい。言っても無駄かもしれないが言いたい。ヒ・ト・ノ・モ・ノ・ヲ・ヌ・ス・ム・ナ!! いや、もっと個人的に言ってみよう。オ・レ・ノ・モ・ノ・ヲ・ト・ル・ナ!! 万引きはせめて中学生で卒業せよ。盗難はせめて高校生で卒業せよ。高卒大卒でそういう仕事に就くならルパン三世レベルでやってくれ。ピラミッドの中で銭形警部と楽しくやってくれ(カリオストロの城より)。
 は〜・・・。そういえば俺のi-book、今頃何してるんだろう? 分解されちゃったかな。メモリーとハードディスクだけが中古市場に出回っちゃったかな。きっと激安だったんだろうな。だってハードディスク、10ギガしかなかったんだから。
 ま、こんな時代です。諸々気をつけましょう!
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11.13
 ライブに向けてという意味で、ネットラジオ的なものをやってみようかと思っている。このHP上で流そうと画策中。新曲も軽く流そうと思っているのでお楽しみに!

 毛布一枚で寝ていたが、昨日よりもう一枚布団を重ねた。冬はまだだが、徐々に寒くなってきているね。

 結局俺はマッキントッシュ派であった。先日、遅ればせながらG5を買った。以前購入したウィンドウズはネットメインになっている。音楽用としてカスタマイズしたのにもったいない。宝の持ち腐れとわかっているが、移行出来ずに終わった。G5で頑張ります。ちなみにシーケンスソフトは変えます。
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11.11
 旧友の結婚パーティーに出席。若かりし日にバンドを組んでいたメンバーで、ドラムを担当していた奴だ。若かりし日より胸板が相当厚くなっていて、スーツが異様に盛り上がっていた。どういう鍛え方してんだ?
 旧友のパーティーなので集まるのも懐かしい面々。懐かしトーク連発で楽しい時間を過ごした。パーティー後は場所を移動し、深々と会合は続く。飲む時間を決めていたのにも関わらず、結局最後までいてしまった。なぜ俺は途中で終われないのか?と常々思う。でも滅多に会えない連中とだから許そう。
 さて、やることやらなきゃ。
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11.8 
携帯メールの文字数や絵文字使用度だが、あきらかに男の方が少ない。俺は絵文字を使わないし、送信メールをチェックしてみるとかなり短いものが目立つ。例えば「はい」「そう」「だね」「まじ!」「なに!」などの二文字系。「○○ある?」「明日はよろしく」「何時入り?」「データ出来ました」などのワンフレーズ。
 もちろんちゃんとした文章を打ち込むこともあるが、ある程度頻繁にやり取りする友人や仲間などには短くなる傾向がある。用事や意志を伝えることが出来るので。
 しかし世の中にはこのようなメールを受け取ると「冷たい」という印象を受ける人がいるらしい。そういう人の一般的メールは多分・・・絵文字や色文字は必ず入れる。言葉の後に「〜」を入れて伸ばす。「!」や「!?」マークを頻発する・・・などではないか? もうちょっと進むと不必要な平仮名の小文字を入れるとか。例えば「りがとうございます」(最初の「ぁ」と最後の「ぅ」が小文字)
 いや、否定しているわけではない。これも文化なのだからもちろん受け入れる。逆に短いメールも文化なのだから受け入れて欲しい。決して「冷たい」わけじゃない。
 他の国ではどうなのだろうか? 中国語の「謝謝」を「謝謝」とするのだろうか? いや、これは多分日本だけのものだろう。漢字、片仮名、平仮名、ローマ字表記、英語等々を使い分け、他国にはない文字文化を開かせているのが日本だからな。
 この文化にどっぷり浸かった世代だと思うが、履歴書にもこの方法で書き込む人が増えてきたらしい。名前を蛍光文字で書く。不必要な平仮名の小文字を入れる。マーク多用。先日、そのような女性の履歴書を見たと友人が言っていた。
 このような場合、明らかに不利なることを彼女は知らない。履歴書とは何たるかを考えてみなさい。メール文字文化の相互理解と言っていられるレベルではない。
 「頑張りまっすぅ!」「ゃる気ぃだけは人いちばぃ!!」(蛍光文字含む)と書かれても、それを読むのは誰でしょう? 一般的には採用のオヤジです。その履歴書を見ながら苦笑していますよ。
 このように、狭い範囲の常識を世間一般の常識と勘違いすることは誰にでもある。音楽業界の常識が世間と離れていることを知らない人と同じ。そうならないためにも他業種の友人を増やしたいし話を聞きたい。他の国々の人達の価値観も大枠で一応は知っておきたい。狭い社会だけの住人にはなりたくない・・・とは思っている。まだまだ狭いけどさ。
 もしかしたら絵文字色文字は世界に羽ばたくかもしれない。カラオケやアニメに続く輸出文化になるかもしれない。しかしあなた、その前にちゃんと履歴書を書いてみよう。そこから素晴らしい何かが始まるかもしれない・・・。
 ではまたぁ!ぁしたぁ〜!!
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11.7
  一気!イッキ!と周りに煽られて酒を飲む行為をした経験がある人は多いだろう。特に二十歳前後に多かったのではないか? 今ではそれほど聞かれなくなった掛け声だが、80年代中盤から90年代初頭まではどの居酒屋でもその掛け声が飛んでいた。あの掛け声を流行らしたのは「とんねるず」(&秋元御大)
 当時のとんねるずの影響力は大きかった。「ねるとん」もそうだが、様々な流行言葉を生み出していった。「イッキ!」もその一つだ。その響きにバブル期の匂いを感じるよ。
 個人的には「一気飲み」から離れて随分経ったが、大学生などの歓迎コンパ等ではまだまだ脈々とその文化が引き継がれているらしい。確かにあの酔いどれ空間の中でその行為をすると盛り上がる。高揚して、つかの間の非現実を泳ぎまくる。思わぬ友情を生む。思わぬ男女関係も構築する。
 しかし慣れない行為を続けた結果、アルコールの大量摂取による中毒、最悪は死に至る現実が待つこともある。毎年そういうニュースが流れるのはご存じの通り。まさかあの楽しい空間からそんな現実が生まれるとは思ってもいない。ニュースによると、昨日もどうやらお酒で無くなった大学生がいたらしい。
 俺もそういう場ではかなりお酒を飲んできたほうだと思う。だがそれほど痛い目をみないで生きてこれたのは、我が肝臓のおかげである。過信はしていないが、一応今までの肝臓君の働きは見事なものであったと思う。本当にありがとう。
 ただ、今までの飲み方を続けることが出来るか?となると疑問である。お酒に弱くなったという自覚があるし、眠りに落ちることが多くなった。何度も書いたが、大人の飲み方ってやつを修得したい。徐々にであるが修得しつつある。しかしまだまだひよっこだ。これから年末にかけて飲むことも多くなろう。先走らない飲み方を実践したいものだ。皆さんも気をつけて。
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11.5
 秋晴れ清々しい日である。窓を開けてボーっと外を眺めてみる。鳥の鳴き声、車の音、子供のわがままとそれを叱る声などが聞こえる。平和な一コマだ。こんな一コマを重ねつつ、五体満足で経済的に不自由がない暮らしをしていきたいと望むのは俺だけではあるまい。人間とは欲深いものよ。ボーっとそんなことを考えちゃった。
 昔、先生に「ボーっとしてないでシャキッとしなさい」と良く言われたもんだ。自分ではボーっとしているつもりはなかったのだが、先生の目にはボーっと映っていたらしい。いつも眠そうで無気力な生徒と思われたかな。溢れんばかりの覇気を持った生徒ではなかったのは事実だが、俺だって燃えるときは多々あったぞ。決して「萌え〜」じゃないぞ。
 しかし、大人になった俺が当時の自分を見たとき、同じ事を言うのではないだろうか? 「あの時の気持ち」っつうものを忘れて、社会に揉まれた大人の視点だけで物事を考えてしまう人間になっちまったんじゃないだろうか? 尾崎(豊)の言う、いわゆる「穢れた大人」になっちまったのか?
 しつこいようだけど最近のイジメ&自殺報道で見られる学校側の対応は、尾崎のいう「大人」の悪い面が出ているね。そして二転三転する説明が「大人」の保身の苦労を物語っている。批判するのは簡単だが、実際自分があの立場だったらどういう行動をとっているかわからんな。
 あ、また話が堅くなってきた。今日は柔らかなことを書こうと思って文を綴り始めたんだが・・・。まあ、たまにはボーっとしましょう。コンピュータのモニターじゃなくて窓から見える風景を観てボーっとね。
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11.4 
数日空いてしまった。申し訳ない。今年もあと二ヶ月、来月には春以来のワンマンライブがあります。是非遊びに来て下さい!

 友人の父上が、ある市の市議会議員になった。新人としてはかなり上のランクで当選した。友人も手伝いで地元へ帰っていたらしい。
 選挙には怪文書がつきものだが、地方都市の市議会議員の選挙でもそれは出回ったという。市長選や知事選、国政選挙だけじゃないんだね、そういうの。
 怪文書とは敵対候補者に不利になるような内容が書かれた出所不明の書面である。今の時代は怪メールも出回っているかもしれない。
 では誰がそれを出しているか? ライバル候補者の後援会?親族や友人? 厳密にルートを辿っていけば発信元はわかるだろう。しかし忙しい選挙中、いちいちそんなことしてられない。結局うやむやになるので、これらは選挙の風物詩として位置づけされちゃっている。
 怪文書を出すということは一定の効果を狙っているということだろうが、果たしてそれがどのように集票に響くのだろうか? あくまでも個人的な意見になるが、あまり効果はない気がする。俺ならばそれを見たところで「じゃあ別候補に票を入れよう!」とは思わない。逆に怪文書を出した側こそが怪しく感じてしまう。この友人の父上が怪文書に負けることなく当選したことを踏まえても、怪文書によって大きな流れが作られることはまず無い。
 ネット社会が成長していくに連れ、誹謗中傷の方法が安易になった。匿名性が高い世界なので普段は言えないことを誇張し、時には嘘を入れ込んで全世界に発信することが出来る。我々にはそういう情報を見抜くフィルターが必要だ。全部の情報を鵜呑みにする人はいないと思うが、面白おかしく書いてあるものを信じたいと思う人は多い。しかしかなり多くのものは「話し半分」でも余りあるものと捉え、迂闊に情報に流されない自分を作らなくてはいけない。
 それには経験が必要になってくる。先日書いたけど、実地経験から見え、感じたものはテレビ新聞、ネットで知った情報より何倍も貴重なんだな。幾つかの視点を育て、狭い世界だけで生きないようにする。
 自分も含めてだが、誰かの意見や考えをあたかも自分のものとして人に話す時ってあるでしょう? というかそういう人、結構多くない? 一度自分に入ったものを外に出すときは、ちゃんとそれを消化して「よし、これはもうすでに俺の意見や考えだ!」を思えるようになってからじゃないと綻びが出るので気をつけましょう。そうじゃないと単なる頭でっかち野郎と評価されるのがオチです。
 つーか、長々書いたけど堅い内容だな。読む方の身になれって話だよ。 こうやって俺は説教オヤジと化していくのだろうか? 平均年齢の半分に満たないので、それまではまだ「若い」と自称することに決めたのに! とはいえ数年でその関を越えてしまう・・・。ではまた明日以降に。